2009年8月17日月曜日

サイモン・メイ 日本退屈日記

日本の凋落と再生
2005 中村保男訳 麗澤大学出版会

著者は1956年生まれ 哲学者・実業家 ロンドン大学教授

原書は"Snapshots from Behind the Akamon Gate"、2000年~2001年、東京大学客員教授であったときの話である。

著者の印象では、「日本一の有名大学である東大は、当の日本国を圧殺させつつあるカフカばりの迷宮世界的な官僚制や、その無責任・非能率という小宇宙を私の目の前にさらけ出したのである」(p5)という。

日本を去るにあたり次のような確信を持ったという。「日本に必要なのは、価値観の革命にほかならず、しかもそれは1868年の明治維新に匹敵する抜本的な革命でなくてはならぬのだ。・・・」(p5)

本書には西洋人から見た日本人の日常生活の様々な面が印象深く書かれている。「日本人から教えられるのは、単なる諦めではなく、むしろ歓喜の情をもって自分の宿命を受け入れる態度であり、愛し方であり、受けた傷の忘れ方である」(p5)

著者にとっては法人化される前の東大事務局のあまりの煩瑣な手続きが日本官僚機構の悪夢として記憶されることになった。日本のサラリーマンの場合であれば会社が役所の手続きを本人に代わってするシステムになっているので、煩雑さが意識されないのかもしれない。役所の場合、形式と書類にこだわるが、逆にそれさえあればいいというところが非効率かつ無責任と受け取られることが多い。

著者は鎌倉に住んでいたが、通勤電車での出来事として「人身事故」すなわち自殺による電車の遅延が日常茶飯事であること、電車内で年配の男性が分厚いマンガ雑誌を読んでいること、ほどんどの乗客が、座っているいないにかかわらず、朝からウトウトとするか熟睡していることなどを観察してあもしろく書いている。

学生たちについての印象は「私が学生たちから敬意の表明を受けたのは、初対面の時だけだった。その時は、丁寧なお辞儀をされて『センセイ』と呼ばれたのであるが、その後はどうかと言えば、学生たちは大胆で、ざっくばらんで、要領がいい。講義の最中でも、好きな時に入室したり退室したり、疲れるか飽きるかすれば、居眠りをする。質問の仕方は単刀直入で、その内容もたいがいは質が高いのだが、他方、携帯電話の電源はつけっぱなしで、忍び笑いやひそひそ話にうつつを抜かし、はては、どこの学生とも同じように、いちゃつきあっている男女までいた」(p46)などである。「私は、なぜ日本は異質で不可解な国であると一般的には考えられているのだろうかと首をひねった」という。そのうえ、著者が教授生活を終えた時には、著者の存在は、ほとんど学生たちから忘れられてしまったように感じたと嘆いている。

そのほか、著者の下宿している家の夫婦やその友人や親族との交流を通じてさまざまな日本人の日常生活や日本文化について書かれている。
著者は、哲学者であるから、哲学的な思考や日本人と西洋人との考え方の違いについてかなりつっこんだ議論をしているが、こちらはかなり難解である。
著者の日本文化にたいする愛着は並々ならぬものがあり、京都の石庭、旅館でのもてなし、懐石料理、上等の寿司などを絶賛している。

短期間の滞在であるにもかかわらず、著者の日本および日本文化に対する考察は鋭く、時に辛口である。とうてい全部は書ききれないが、少し引用してみたい。

「自己検閲こそは日本の特技なのである。必要とあれば、日本人ひとりひとりが自分自身を弾圧する圧政者となるわけで、日本という国は独裁者のいない独裁政治国家に似ている場合が多いのだ」(p94)

日本は、中国や朝鮮を侵略したことに対しても十分な陳謝を行うことはないだろうと述べ、「その理由は、日本人の倫理によれば、あの戦争は間違いであって犯罪ではなかったからだ。残虐行為は戦争の副産物であり、いわれのない残虐行為ではなかったというわけなのだ」(p97)

「日本式健忘症」では、「忘れるという粗暴な技術を会得した国ありとすれば、それは日本国である。・・・日本人は、記憶を食い物にする不快な感情―とりわけ怨恨や罪悪や苦悩―から驚くべきほど自由なのである。・・・」(p123)

ただ、著者は日本の将来についてはそれほど悲観的ではないようである。
日本は19世紀このかた、世界のどの国民よりもひんぱんに大変革を行ってきたし、危機に際してそのつど日本人は弾力的に適応してきた。それでも、来るべき十分な改革は最後の土壇場まで先送りされるか、あるいは改革がされない危険も残っている。

「訳者あとがき」では、「日本と西洋との落差・懸隔をこれほど奥深く、しかもさりげなく感動的に語った本は稀である」と書いてあるがその通りだと思う。日本と西洋とでは、同じ言葉の意味することが深いところで違っていることはよくあることらしい。

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