2010年10月13日水曜日

中島義道 人生、しょっせん気晴らし

2009 株式会社文芸春秋

1946年生まれ

著者は、哲学者である。
カントとかショーペンハウアーだとか、今さら読む気もしないし、読んでもわからないだろう。
どうせ、われわれはもうすぐ死んでいくのだから、人生、なにをやっても気晴らしにすぎないらしい。
哲学者というと、一般の人と違うようであるが、酒が好で、「久保田」とか「八海山」とか酒の話題が出てくると、この点では、ふつうの人と変わりはない。

だいたい、若いころは、いっしょうけんめい考えれば、すばらしいアイデアが出てくるのではないかと思うものであるが、いくら考えても、なにも出てこないで、そのうち死んでしまうのがふつうの人ではなかろうか。

著者は、哲学者であるから、人生の知恵を身につけていると思う人がいるせいか、人生相談をしている。
「定年後、何をしたらよいのか分かりません。私はまず、何を考え、何をすべきなのでしょう。」という質問に、著者は、「滑稽です。もっともっと徹底的に悩みなさい。」と答えている。
私も、これでは、質問する人は、悩みを相談しているのか、それともこれまで無難にやってきたことを自慢しているのか理解に苦しむ。
自分の人生を、自分より不幸な他人に相談するとしたら、その他人にとっては自慢話を聞かされていると思うだろう。
占い師というのは、それほど幸福な人には見えないが、そういう人に、相談するというのは、自慢話を聞かせているようなものである。
話を聞かされる代償に占い師は金を得ているのではないだろうか。

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