2010年7月13日火曜日
前田英樹 独学の精神
1951年生まれ
2009 株式会社筑摩書房
「漢字が読めない、歴史を知らない、計算ができない・・・大学生の『基礎学力』のなさが言われて久しい。だが、『教育』に過剰なこの国の若者が『学力』を欠いているとは驚くべきことではないか。」(扉より)
今の若者に基礎学力が足りないというのは、本当だろうか。それでは、学校教育に問題があるのだろうか。
著者は、学ぶとは、この自分が学ぶのであり、生まれてから死ぬまで、身ひとつで生きる自分が学ぶのだという自覚がなければならないと言う。
この意味では、今はどうかわからないが、かってどこの小学校にでもあった二宮金次郎のセメント像は、象徴的である。今では、二宮金次郎のことを知る人も少なくなってしまったが、二宮金次郎は、学校とは無縁の人である。16歳の時に両親をなくし、伯父の家に引き取られたが、この伯父は金次郎に本を読むことなど許さなかった。それで、金次郎は、仕事の途中に歩きながら「大学」という本を読んでいた。
金次郎は、学校などには行かず、わずかな時間を惜しんで本を読んだ。
著者は、二宮金次郎のような生き方こそ、本当の学問に対する態度であると考える。
いまでは、大学の世界ランキングが発表され、論文の掲載件数などを競いあっている。子供の学力も、世界標準で第何位だとかいっている。著者は、こういうことは、人生のなかで、ほんとうに考え、学ぶこととは違うのではないかと言う。
考えてみれば、学校へ行けなかった二宮金次郎の像が、学校にあるというのも、おもしろい。
2009 株式会社筑摩書房
「漢字が読めない、歴史を知らない、計算ができない・・・大学生の『基礎学力』のなさが言われて久しい。だが、『教育』に過剰なこの国の若者が『学力』を欠いているとは驚くべきことではないか。」(扉より)
今の若者に基礎学力が足りないというのは、本当だろうか。それでは、学校教育に問題があるのだろうか。
著者は、学ぶとは、この自分が学ぶのであり、生まれてから死ぬまで、身ひとつで生きる自分が学ぶのだという自覚がなければならないと言う。
この意味では、今はどうかわからないが、かってどこの小学校にでもあった二宮金次郎のセメント像は、象徴的である。今では、二宮金次郎のことを知る人も少なくなってしまったが、二宮金次郎は、学校とは無縁の人である。16歳の時に両親をなくし、伯父の家に引き取られたが、この伯父は金次郎に本を読むことなど許さなかった。それで、金次郎は、仕事の途中に歩きながら「大学」という本を読んでいた。
金次郎は、学校などには行かず、わずかな時間を惜しんで本を読んだ。
著者は、二宮金次郎のような生き方こそ、本当の学問に対する態度であると考える。
いまでは、大学の世界ランキングが発表され、論文の掲載件数などを競いあっている。子供の学力も、世界標準で第何位だとかいっている。著者は、こういうことは、人生のなかで、ほんとうに考え、学ぶこととは違うのではないかと言う。
考えてみれば、学校へ行けなかった二宮金次郎の像が、学校にあるというのも、おもしろい。
2010年7月4日日曜日
五木寛之・森一弘 神の発見
2005 株式会社平凡社
五木寛之 1932年生まれ
森一弘 カトリック司教 1938年生まれ
今から1400年ほど前、日本に伝えられた仏教は、日本文化の重要な一部になった。それにたいして、450年ほど前にフランシスコ・ザビエルによって伝えられたキリスト教は、その後、徹底的な弾圧を受けた。
明治になって、日本は、「和魂洋才」という合言葉のもとに、西洋の文明を受け入れた。しかし、「和魂洋才」には、大きなごまかしがあるのではないか、洋才には、本当は深いところで洋魂とでも呼ぶべき精神のありようがあって、洋才を支えているはずである。その根にあたる洋魂こそがキリスト教文化であると五木は考えている。
日本人のキリスト教にたいする感情には、幕府による弾圧とキリスト教徒の殉教の歴史があり、拒絶反応と、ある種の負い目とが混じり合ったものになっている。
いっぽう、日本に最初にキリスト教が入ってきたのと同じ頃、アメリカ大陸では、宣教師が兵士といっしょになって、原住民の文化や生活にたいする残虐な破壊活動を行っていた。今日のアメリカ大陸の国家や文化の姿は、その結果である。
故ヨハネパウロ二世は、そうした行為はカトリック教会の犯した大きな過ちであったと謝罪した。そのほか比較的最近になって教皇が謝罪したのは、十字軍、異端審問、自然科学への弾圧、ナチのユダヤ人弾圧に対する教会の態度などである。
五木は、過去の歴史の汚点をあきらかにして謝罪した教皇の態度を勇気のあることであるとたたえている。これを言い換えれば、いかにカトリック教会が世界の歴史に与えた影響が大きかったかということでもある。
五木によれば、明治以来の日本の近代化とは、天皇制と国家主義という和魂と洋才を無理やり重ねたものである。それが、敗戦によって否定されると、こんどは「無魂洋才」という抜け道を走り続けてきた。いま、さまざまなかたちで発生する事件は、無魂洋才という抜け道が行き止まりに直面したことを物語っているという。
もしそうだとすれば、和魂も捨ててしまった日本人は、これから先、どうしたらよいのか、大変な問題である。
ところで、明治時代に、日本が西洋文明を受け入れたとき、キリスト教もふたたびやって来た。当時の日本人は、西洋文明もキリスト教も同時に受け入れるのは、国も文化も失うことであるという危機感に襲われた。しかし、今では、西洋文明とキリスト教とは、かならずしも同一でないことが、明らかになりつつある。
森司教も、百年、二百年という目で見れば、日本という文化のなかで、独自のキリスト教会が育つものと確信している。
五木寛之 1932年生まれ
森一弘 カトリック司教 1938年生まれ
今から1400年ほど前、日本に伝えられた仏教は、日本文化の重要な一部になった。それにたいして、450年ほど前にフランシスコ・ザビエルによって伝えられたキリスト教は、その後、徹底的な弾圧を受けた。
明治になって、日本は、「和魂洋才」という合言葉のもとに、西洋の文明を受け入れた。しかし、「和魂洋才」には、大きなごまかしがあるのではないか、洋才には、本当は深いところで洋魂とでも呼ぶべき精神のありようがあって、洋才を支えているはずである。その根にあたる洋魂こそがキリスト教文化であると五木は考えている。
日本人のキリスト教にたいする感情には、幕府による弾圧とキリスト教徒の殉教の歴史があり、拒絶反応と、ある種の負い目とが混じり合ったものになっている。
いっぽう、日本に最初にキリスト教が入ってきたのと同じ頃、アメリカ大陸では、宣教師が兵士といっしょになって、原住民の文化や生活にたいする残虐な破壊活動を行っていた。今日のアメリカ大陸の国家や文化の姿は、その結果である。
故ヨハネパウロ二世は、そうした行為はカトリック教会の犯した大きな過ちであったと謝罪した。そのほか比較的最近になって教皇が謝罪したのは、十字軍、異端審問、自然科学への弾圧、ナチのユダヤ人弾圧に対する教会の態度などである。
五木は、過去の歴史の汚点をあきらかにして謝罪した教皇の態度を勇気のあることであるとたたえている。これを言い換えれば、いかにカトリック教会が世界の歴史に与えた影響が大きかったかということでもある。
五木によれば、明治以来の日本の近代化とは、天皇制と国家主義という和魂と洋才を無理やり重ねたものである。それが、敗戦によって否定されると、こんどは「無魂洋才」という抜け道を走り続けてきた。いま、さまざまなかたちで発生する事件は、無魂洋才という抜け道が行き止まりに直面したことを物語っているという。
もしそうだとすれば、和魂も捨ててしまった日本人は、これから先、どうしたらよいのか、大変な問題である。
ところで、明治時代に、日本が西洋文明を受け入れたとき、キリスト教もふたたびやって来た。当時の日本人は、西洋文明もキリスト教も同時に受け入れるのは、国も文化も失うことであるという危機感に襲われた。しかし、今では、西洋文明とキリスト教とは、かならずしも同一でないことが、明らかになりつつある。
森司教も、百年、二百年という目で見れば、日本という文化のなかで、独自のキリスト教会が育つものと確信している。
2010年6月23日水曜日
高山博 歴史学 未来へのまなざし
中世シチリアからグローバル・ヒストリーへ
2002 株式会社山川出版社
1956年生まれ
著者は、中世シチリア王国を研究している。
そこでは、ノルマン人でキリスト教徒の王と、その周りを囲むイスラム教徒やギリシア人の学者の絵にあらわされるように、異なる文化が共存し繁栄していた。
歴史の研究をしていると、国家というのは、けっして安定したものではないことに気づく。
人類の歴史のなかでは、古代から、さまざまな国が興亡を繰り返してきた。つい最近でも、ソビエト連邦は崩壊し、10以上の共和国に分かれた。ユーゴスラビアやチェコも分裂した。いっぽうでは、複数の国が集まってヨーロッパ連合をつくる動きも見られる。
日本についても、グローバル化した世界の一部として認識し、位置づける必要がある。著者によれば、かっての閉じた日本社会はもはや存在しないことを認識しなければならない。今では、情報、人、モノ、金、そして仕事が自由に動き回り、私たちは、日本という枠のなかではなく、競争原理が支配するグローバル市場の動きに翻弄されている。
このような基本的な状況を認識せずに、閉じた国を前提とした従来型の政策を実行しようとすれば、思いどおりの効果をあげることができないばかりか、状況をますます悪化させ社会の不安を増大させるおそれがある。
著者は、「ゆとり教育」や「ワークシェアリング」を、そうした閉じた社会を前提とした政策や考え方であると言う。「ゆとり教育」は見直されたが、中国やシンガポールの若者との学力差は、将来の競争力の差につながるのではと懸念される。
自動車会社での「派遣切り」が、大きな社会的問題になっていた。
日本に最後まで留まっていた自動車産業にも海外に生産拠点を移そうという動きがみられる。このほうが、雇用に与える影響は、はるかに大きいにもかかわらず、あまり議論されていないようだ。
2002 株式会社山川出版社
1956年生まれ
著者は、中世シチリア王国を研究している。
そこでは、ノルマン人でキリスト教徒の王と、その周りを囲むイスラム教徒やギリシア人の学者の絵にあらわされるように、異なる文化が共存し繁栄していた。
歴史の研究をしていると、国家というのは、けっして安定したものではないことに気づく。
人類の歴史のなかでは、古代から、さまざまな国が興亡を繰り返してきた。つい最近でも、ソビエト連邦は崩壊し、10以上の共和国に分かれた。ユーゴスラビアやチェコも分裂した。いっぽうでは、複数の国が集まってヨーロッパ連合をつくる動きも見られる。
日本についても、グローバル化した世界の一部として認識し、位置づける必要がある。著者によれば、かっての閉じた日本社会はもはや存在しないことを認識しなければならない。今では、情報、人、モノ、金、そして仕事が自由に動き回り、私たちは、日本という枠のなかではなく、競争原理が支配するグローバル市場の動きに翻弄されている。
このような基本的な状況を認識せずに、閉じた国を前提とした従来型の政策を実行しようとすれば、思いどおりの効果をあげることができないばかりか、状況をますます悪化させ社会の不安を増大させるおそれがある。
著者は、「ゆとり教育」や「ワークシェアリング」を、そうした閉じた社会を前提とした政策や考え方であると言う。「ゆとり教育」は見直されたが、中国やシンガポールの若者との学力差は、将来の競争力の差につながるのではと懸念される。
自動車会社での「派遣切り」が、大きな社会的問題になっていた。
日本に最後まで留まっていた自動車産業にも海外に生産拠点を移そうという動きがみられる。このほうが、雇用に与える影響は、はるかに大きいにもかかわらず、あまり議論されていないようだ。
2010年6月18日金曜日
北倉庄一 中世を歩く
東京とその近郊に古道「鎌倉街道」を探る
1998 株式会社テレコム・トリビューン社
1927年生まれ
鎌倉街道という名前は、鎌倉時代に使われていたわけではなく、後世になってから名付けられたものである。
鎌倉時代に使われていたのは、「上の道」とか「中の道」という名称らしい。
そのうち、本書による「中の道」Aルートは、次のようになる。
鎌倉→小袋谷→小菅ヶ谷→舞岡→柏尾→名瀬→鶴ヶ峰→白根→中山→川和→荏田→溝の口→二子の渡し→上野毛→猿楽塚→金王神社(渋谷)→勢揃い坂(青山)→千駄ヶ谷八幡→西向天神→宿坂(目白不動)→雑司ヶ谷(鬼子母神)→松橋(滝野川)→静勝寺(稲付城跡)→赤羽→岩淵、この先埼玉県。
いうまでもなく、鎌倉街道の古道がそのまま残っているわけではない。
それでも、著者も含めて多くの人がその跡をつなぎあわせる努力をしてきた。
横浜市戸塚区の小道が、東京の渋谷や雑司ヶ谷の小道と、かってはひとつの道としてつながっており、何百年か前に人が歩いていたのかと思うと興味深い。
そのうちいくつかの跡を訪ねてみたいものである。
1998 株式会社テレコム・トリビューン社
1927年生まれ
鎌倉街道という名前は、鎌倉時代に使われていたわけではなく、後世になってから名付けられたものである。
鎌倉時代に使われていたのは、「上の道」とか「中の道」という名称らしい。
そのうち、本書による「中の道」Aルートは、次のようになる。
鎌倉→小袋谷→小菅ヶ谷→舞岡→柏尾→名瀬→鶴ヶ峰→白根→中山→川和→荏田→溝の口→二子の渡し→上野毛→猿楽塚→金王神社(渋谷)→勢揃い坂(青山)→千駄ヶ谷八幡→西向天神→宿坂(目白不動)→雑司ヶ谷(鬼子母神)→松橋(滝野川)→静勝寺(稲付城跡)→赤羽→岩淵、この先埼玉県。
いうまでもなく、鎌倉街道の古道がそのまま残っているわけではない。
それでも、著者も含めて多くの人がその跡をつなぎあわせる努力をしてきた。
横浜市戸塚区の小道が、東京の渋谷や雑司ヶ谷の小道と、かってはひとつの道としてつながっており、何百年か前に人が歩いていたのかと思うと興味深い。
そのうちいくつかの跡を訪ねてみたいものである。
2010年6月10日木曜日
勝間和代 効率が10倍アップする新・知的生産術
自分をグーグル化する方法
2007 ダイヤモンド社
グーグルは情報を独り占めしないで、惜しみなく提供する。それによって、逆に情報がどんどん集まってくる。著者が言うグーグルなみの知的生産力と効率化とは、このようなことだろうか。
「知的生産の技術」の梅棹忠夫をはじめとして、野口悠紀雄、立花隆などの名著はたくさんある。
著者は、中学1年のときにパソコンを親に買ってもらって以来、ほぼ毎日パソコンを使ってきた。幼少時からIT機器を使ってきた著者としては、これらの本に新しい方法を加えることができると思っている。
著者のやり方は、徹底的に合理的である。
たとえば、普通の人は電車で通勤し、体重の管理のため、スポーツジムに通って自転車漕ぎのような運動をする。著者の場合は、スポーツ自転車で通勤しているので、通勤時間がそのまま運動になっている。
仕事にしても、頼まれたものを何でもするということではなく、自分の価値が出せないような仕事については断っている。
知的生産といっても、けっきょくは体力である。そのため、著者は身体に悪いことはしないよう心がけている。酒、タバコ、ファーストフードなどの飲食は避け、睡眠時間も十分取るようにしている。
著者は、マッキンゼーという情報処理のプロ集団に居たときに、情報には「空、雨、傘の3段階がある」ことを学んだ。空を見上げると雲が出ているという事実があり、雲があると雨が降りそうだという解釈ができ、雨が降りそうだから傘を持っていこうという行動になるという。いろいろな出来事を後から振り返って見ると、何かが起こる前には、蒸気のようなもやもやしたものがあらわれ、しだいに形があらわれてくる。したがって、蒸気のうちに、ある程度の予測が立てられて対処できれば将来を変えることも不可能ではないことになる。大部分の人は、雨が降ってきてからあわてるのである。
著者は、19歳で公認会計士2次試験に合格、21歳で長女を出産、3人の子供の母である。この本には書いていないが、2回結婚して、2回離婚し、現在は独身であるらしい。誰にでもできることではないようだ。
2007 ダイヤモンド社
グーグルは情報を独り占めしないで、惜しみなく提供する。それによって、逆に情報がどんどん集まってくる。著者が言うグーグルなみの知的生産力と効率化とは、このようなことだろうか。
「知的生産の技術」の梅棹忠夫をはじめとして、野口悠紀雄、立花隆などの名著はたくさんある。
著者は、中学1年のときにパソコンを親に買ってもらって以来、ほぼ毎日パソコンを使ってきた。幼少時からIT機器を使ってきた著者としては、これらの本に新しい方法を加えることができると思っている。
著者のやり方は、徹底的に合理的である。
たとえば、普通の人は電車で通勤し、体重の管理のため、スポーツジムに通って自転車漕ぎのような運動をする。著者の場合は、スポーツ自転車で通勤しているので、通勤時間がそのまま運動になっている。
仕事にしても、頼まれたものを何でもするということではなく、自分の価値が出せないような仕事については断っている。
知的生産といっても、けっきょくは体力である。そのため、著者は身体に悪いことはしないよう心がけている。酒、タバコ、ファーストフードなどの飲食は避け、睡眠時間も十分取るようにしている。
著者は、マッキンゼーという情報処理のプロ集団に居たときに、情報には「空、雨、傘の3段階がある」ことを学んだ。空を見上げると雲が出ているという事実があり、雲があると雨が降りそうだという解釈ができ、雨が降りそうだから傘を持っていこうという行動になるという。いろいろな出来事を後から振り返って見ると、何かが起こる前には、蒸気のようなもやもやしたものがあらわれ、しだいに形があらわれてくる。したがって、蒸気のうちに、ある程度の予測が立てられて対処できれば将来を変えることも不可能ではないことになる。大部分の人は、雨が降ってきてからあわてるのである。
著者は、19歳で公認会計士2次試験に合格、21歳で長女を出産、3人の子供の母である。この本には書いていないが、2回結婚して、2回離婚し、現在は独身であるらしい。誰にでもできることではないようだ。
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