2019年12月6日金曜日

上級国民/下級国民  橘玲

2019 株式会社小学館

「上級国民」「下級国民」という言葉が流行っているらしい。
いろいろなニュアンスがあるようだが、単に金持ちか貧乏人かというのであれば、日本では、少数の金持ちと多くの貧乏人との格差がますます拡がっている。
これは、世界的な現象である。
現代の社会は、コンピューターが急速に発達し、人々は自由になり、グローバル化が進んでいる。コンピューターの発達は、人々を単純作業から解放するばかりではなく、多くの仕事を奪っている。その結果、人々は、残された「人間にしかできない仕事」にシフトするようになる。少数の「知的でクリエイティブな仕事」か、多数の「人と接しなければならないが低技能・低賃金の仕事」かである。
誰もが自由になり、どのような職業にでもつくことができるようになった。
たとえば、漫画家にでも自由になれるが、漫画家で成功できるのは、ほんの一部であるから、残りの大部分は、貧困になる。それでも、自分で選んだのだから自己責任であると言われる。
グルーバル化が進んで、日本の労働者は東南アジアや中国の労働者と競争しなければならなくなった。外国から安い製品が輸入されるだけでなく、外国人が日本にやってきて、日本人と競争するようになった。地球規模では豊かになっているとしても、多くの日本人にとっては、以前より、貧乏になりつつある。
アメリカでも、同じような状況がすすんでいて、トランプ大統領の最大の支持者は、貧しい白人であるといわれる。なぜ、貧しい白人が、大金持ちのトランプを支持するのか理解するのは容易ではない。
日本で貧しくなりつつある人たちが、社会に原因を求めようとはせず、自己責任論を支持し、嫌韓・反中にはしるのは、アメリカの貧しい白人が移民を嫌悪するのに似ている。
今の社会から利益を得ていないと感じている「下級国民」にとっては、
自分より恵まれて見える人たちを、「上級国民」と言うのかもしれない。
「下級国民」から見ると、医療費を優遇されている高齢者も、憤りの対象になるらしい。

2019年11月3日日曜日

平成経済衰退の本質 金子勝

2019 岩波新書

「失われた30年」は、成長から衰退への道のりである。
初めの10年は、バブル経済が崩壊し、その後始末に費やされた。
次の10年は、小泉内閣による「構造改革と規制緩和」によって、貧富の格差が拡大した。
最後の10年は、民主党政権による素人政治のあと、安倍第2次内閣が誕生した。
安倍総理は、「デフレに苦しんできた」と言って、デフレからの脱却を目指し、「アベノミクス」と称する経済政策を採用した。2%の物価上昇を目指すと言っていたが、達成される見込みはない。
何が悪かったのかということになると、「小泉や安倍がバカだ、無能だ」と言うのは容易である。しかし、小泉や安倍のような人は、「フツーの人」ではない。
「フツーの人」は、総理大臣になりたいなどと考えないが、彼らは、「総理大臣になりたい」と本気で考える。若いうちから、「先生、先生」と、もてはやされる。
彼らの仕事は、細かいことや複雑なことを考えることではない。
なるべく多くの人と会って話を聞き、顔を売るのが仕事である。
たとえば、経済政策などは誰か他の人物に考えさせるしかない。
そこで、登場するのが、小泉内閣で言えば、竹中平蔵である。
「アベノミクス」では、イェール大学の浜田宏一、ノーベル経済学者のポール・グルーグマン、経済学者で後に日銀副総裁になった岩田規久男、それに、日銀総裁になった黒田東彦などである。
彼らは、「リフレ派」と呼ばれていて、日銀総裁が「2%の物価上昇を目指す」と言っただけで、何もかもうまくいくと主張していた。
こういう安易な考え方に乗ったのが、安倍晋三である。
「アベノミクス」がうまくいっていると考える人は多いわけではないが、安倍首相に「じゃあ、どうすればいいのか?」と言われて答えられる人もいない。
物価がそれほど上がっていないのも、かえって幸いである。
もし、毎年2%も物価が上がったら、安倍政権もこうまで長くは続かなかっただろう。
それにしても、30年は非常に長い。
その間に、ユニクロ、楽天などの経営者は「フツーの人」から大富豪に変身した。
渋谷や六本木の超高層ビルは、スマートフォンのゲームやインターネット広告を取り扱うIT企業に占められるようになった。
衰退しているといっても、うまく立ち回る者もいるわけである。

2019年10月20日日曜日

平成はなぜ失敗したのか 野口悠紀雄

2019 幻冬舎

年号または元号は皇位の承継があった場合に改めることになっている。
現代の天皇は、日本国を統治しているわけではない。
だから、「平成は失敗した」という言い方は、適切な言い方ではない。
それでも、「失われた30年」という言葉とともに、しばしば耳にする。
こういう事を言う人は、たいてい年寄りである。
その間に生まれた人たちも、すでに30歳に達していて、なかには優秀な人も出ている。
また、その間に大学を卒業して、大企業に就職できなかった人も多いと聞く。
年寄りと若者の断絶が深まるのも無理はない。

なぜ「平成は失敗した」のかというと、ちょうど平成の始まりが、「バブルの崩壊」とほぼ重なるからである。
「バブルが崩壊」してから30年が「失われた30年」ということになる。
「バブルが崩壊した」というのも、わかりやすい言葉である。
その当時、人々は、バブルが崩壊したのだから、がまんしていれば、やがて平常な成長軌道に戻るだろうと考えた。
しかし、世界では、大きな変化が起きていて、日本は取り残されてしまった。
もっとも、日本だけではなく、ヨーロッパやアメリカのような先進国でも、同じようなものだったろう。
昔から、「日本は、資源の乏しい国だから、原料を輸入して加工し、輸出で稼がなければならない。」とか、「日本人は、手先が器用だから、モノづくりに向いている。」とか言われてきた。
しかし、力をつけてきた資源国は、石油や鉄鉱石を安く売らなくなった。
円高や、国内のコスト高のため、輸出でも、中国や韓国に勝てなくなった。
バブルが崩壊したのだから、その原因を作ったとされる銀行や証券会社が破綻するのはわかる。
しかし、強かったはずの、鉄鋼会社や電機会社までも、軒並み凋落してしまった。
なにが悪かったのかは、個々に異なるのだろうが、変化への対応ができなかったことになるだろう。
なにか新しい産業の登場を待つといっても、絵に描いた餅になりかねない。
古い産業であっても、常に変わりつつある世界経済に対処するよりなさそうである。

2019年6月16日日曜日

日本会議の研究 菅野完

2016 扶桑社新書

  「日本会議」は安倍政権を支えていると言われている。
  「日本会議」には、神社関係者、国会議員、大学教授、元最高裁判所長官など、日本の保守階層のお歴々が名を連ねている。
  しかし、本書によると、真に日本会議を動かしているのは、50年ほど前、長崎大学などで活動していた、かっての右翼学生運動家である。
  彼らは、「成長の家」という宗教団体の創始者である谷口雅春の教えを信奉している。
彼らが、様々な右派団体に働きかけ、「日本会議」を作り上げたのである。
異なる宗教団体を、一つにまとめるキーワードが「憲法改正」である。
他の点では異なるけれども、「憲法改正」という点では共通する右派団体の集まりが「日本会議」である。
  なぜ憲法を変えなければならないのか。
今の憲法は、アメリカが日本を占領していた時、日本を弱体化し、二度とアメリカに逆らえないようにするため、日本に押し付けたというのが、彼らの共通認識である。
だから、押し付けられた憲法ではなく、自主憲法を制定しなければならないことになる。
具体的にどのように改正するのかでは一致しているわけではないが、アメリカに負ける前の日本を取り戻すのだとすれば、明治憲法の「復元」が最終目標ではないかと疑われる。
  戦前・戦後を通じて、日本の右翼は共産主義や社会主義に対抗し、「反共・愛国」を旗印にしていた。
だが、ソ連が崩壊し左翼が弱体化すると、敵を見失った右翼も行き場を失った。
そこで、「憲法改正」という目標を掲げて、再出発したのである。
  「憲法改正」は、かって岸信介が果たせなかったもので、孫の安倍晋三の大きな目標になっている。
今のところ、安倍内閣と日本会議とは、互いに利用しあっている。

2019年6月9日日曜日

在日朝鮮人 水野直樹・文京洙

2015 岩波新書

  日本の敗戦直後、朝鮮人は自らを開放された民族であると思い、無軌道な行動に走る者も多かった。警察も取締りには及び腰で、日本のヤクザと朝鮮人との抗争が頻発していた。
46年の総選挙では、戦前に内地戸籍を持たなかった朝鮮人は有権者から除外された。
47年には、最後の勅令として「外国人登録令」が制定され、在日朝鮮人は外国人と見なされた。
52年の講和条約の発効にさいして、旧植民地出身者は日本国籍を失うことになり、外国人登録証の常時携帯と指紋押捺が義務づけられた。
日本国籍を失った在日朝鮮人は、国・自治体などの公共機関に職を得ることができなくなり、当初は、ほとんどの社会福祉制度でも適用外とされた。
 在日朝鮮人は、差別されこそすれ、「特権」などはないように見える。
それにもかかわらず、なぜ「在日特権」という言葉が横行するのか。
在日朝鮮人は、企業に就職することが難しいので、パチンコ店や焼肉店の経営、プロスポーツ、芸能界などへ活路を見出した。これらの職業で成功し、裕福になった在日朝鮮人が目立つのも事実である。
日本の税金は、申告納税が基本になっている。
ここで、会社に勤めている者は、給料から天引きされるので、税金をごまかすことはできない。いっぽう、パチンコ店や焼き肉店は、申告所得を少なくして、税金を減らすことは容易である。
脱税や節税のやり方は、在日朝鮮人の商工団体などが指導したり、代行しているらしい。
 近頃では、日本社会の多国籍化が進んでいるので、在日朝鮮人を含め、外国人に対する見方も変わっている。
日本国籍取得(帰化)者も増え、「在日朝鮮人」は減りつつあり、中国人のほうが多い。

2019年5月27日月曜日

2019年4月1日月曜日

戦後日本の闇を動かした「在日人脈」 森功ほか

2013 株式会社宝島社

    日本における外国人登録者数は、2012年末現在で200万人ほど。
そのうち中国籍が65万人、韓国・朝鮮籍が53万人である。
戦前は、朝鮮半島出身者の国籍は「日本」であったが、1947年に「朝鮮」となった。さらに1950年に「韓国」という表示が認められた。
日本における在留資格は「特別永住者」である。
1945年時点で日本にいた朝鮮人は240万人で、多くは帰国したが、種々の事情により、50数万人が帰国を見合わせた。
50年に朝鮮戦争が勃発すると、さらに帰国が困難となり「在日コリアン」として今日に至っている。

  在日コリアンの団体は、北朝鮮系の「朝鮮総連」と韓国系の「民団」がある。
都道府県別では、多い順に大阪、東京、兵庫、愛知、神奈川、京都などである。
在日コリアンは、日本の社会で差別を受け、選べる職業に制約があったが、経済的に成功した人も多い。特に、パチンコ、焼き肉などは民族産業と言われている。
プロスポーツや芸能界でも活躍している。

  巷の噂によると、日本の裏社会は、「やくざー同和ー在日」によって支配されている。
やくざ(暴力団)の幹部にも在日コリアンが目立つ。
「やくざ」は、警察の取り締まりの対象であるから、多くは右翼政治団体を名乗っている。
「右翼」ということになると、日本の保守政治家との太いつながりも連想される。

  戦後、韓国への巨額の経済援助などにからみ、「在日」、保守政治家、大物右翼が暗躍した。そうした人脈を利用して富を築いた在日コリアンもいるらしい。
ただ、「ネトウヨ」(ネット右翼)が主張するような「在日特権」というものは存在しない。
日本国籍取得者(帰化者)は、在日3・4世の結婚や就職などを転機として、増え続けている。

2019年3月23日土曜日

「右翼」の戦後史 安田浩一

2018 株式会社講談社

    社会には矛盾や問題が山積している。
これを解決するため、「左翼」は社会主義や共産主義に頼ろうとする。
それに対して、「右翼」は  伝統と愛国、天皇を最重要視する。
「右翼」は、直情的で、しばしばテロや暴力という直接行動に訴えることが多く、暗いイメージを抱かれることが多い。

    戦時中は、日本全体が国粋主義という「右翼」そのものであった。
戦後は、敗戦と天皇の人間宣言とによって、右翼も自滅した。
しかし、共産主義や社会主義勢力が台頭してくると、これに危惧を抱いた
保守勢力によって、「反共」を旗印とする「行動右翼」や「任侠右翼」が登場した。
黒塗りの街宣車に代表されるのが、それである。
このような「右翼」も、「左翼」による「安保闘争」や「学園闘争」が終わると、同時に勢いを失った。

     最近、注目されているのが、「日本会議」と「ネット右翼」(ネトウヨ)である。
「日本会議」は、過激な行動をするようなことはない。
そのかわり、各界の著名人や、保守政治家、神社など宗教関係者がメンバーとして名を連ね、層が厚い。
現行憲法の改正を主張し、安倍総理の政策にも大きな影響を与えている。
「ネット右翼」(ネトウヨ)は、ネット上の掲示板から生まれた。
無責任に嫌韓、反中のヘイトスピーチを叫ぶのが特徴である。
「日本会議」や「ネット右翼」は、日本社会の「右傾化」と呼ばれる時代の流れのなかで生まれるとともに、そういう空気をつくりあげるのにも効果を発揮している。

    「右翼」が目指すのは、戦後の諸制度の否定である。
戦後民主主義のもとで培われてきた、自由、平等、人権といった価値観が危機にさらされかねない。
また、これからの時代は、外国人労働力に頼らざるを得ず、外国人との共生が課題になるが、右翼の排外主義が、思わぬトラブルを起こすのではという懸念もある。

2019年1月13日日曜日

安倍政権は本当に強いのか 御厨貴

2015 株式会社PHP研究所

安倍総理は、「戦後レジームからの脱却」をキャッチフレーズに、「強い日本を取り戻す」と言う。東京裁判も「A級戦犯」も認めず、靖国神社に参拝するのが悲願であった。
しかし、中国だけでなくアメリカの強い反発も招いたので、とりあえず引っ込めてしまった。
そのかわり、「集団的自衛権」と憲法の改正に意欲を燃やすことになった。
「集団的自衛権」は、現行憲法の解釈を変更することで可能となり、いよいよ、憲法の改正に向けてラストスパートをかけようとしている。
安倍総理のような考え方は、すこし前までの日本では、かならずしも一般的なものではなかった。
しかし、今は強い反対も起こっていない。
はたして、安倍政権は、本当に強いのであろうか。
そこで、安倍政権が強い理由をいくつか挙げてみる。
まず、自民党以外の野党が弱体である。
次に、自民党も弱くなっている。
自民党が弱くなったのは、かってのように、地元に金をばら撒くようなまねができなくなった。
小泉純一郎が、「自民党をぶっ潰す」と言って、有力な派閥を無力にした。
やはり、小泉純一郎が、反対派を「抵抗勢力」と見なし、選挙区に「刺客」を送り込み、当選できなくした。
この手法を安倍総理も踏襲したので、自民党内で安倍総理に逆らうものはいなくなってしまった。
以前なら引退していた麻生太郎のような長老も、閣内に取り込んだり役割を与えた。
こうして、自民党ではなく官邸主導で政治を動かすことができるようになった。
問題が起きると、菅官房長官が、優秀な官僚や学者を集めて、会議を開き、すばやく行動する。
菅官房長官が抜け目なく対応しているので、安倍総理は、外交や憲法の改正に専念できる。
二度目の安倍政権の特徴として、「アベノミクス」と称する経済政策が挙げられる。
「物価目標2パーセント」と言うが、金融政策では日銀は政府から独立していることになっているので、たとえうまくいかなくても、政府は責任を負わないし、いくらでも言い訳できる。
今の日本では財政制約が厳しいので、誰が総理大臣になっても、目新しい政策を打ち出すことはできない。
国民も、たびかさなる短期政権に、うんざりしており、安倍政権なら今のところ無難なのではと思っている。
以上が、「安倍一強」の理由であるが、安倍総理が国民をどこに導こうとしているのかは、はっきりしない。