1981 中公文庫
ある時、蘭丸がみかんを積んだ台を持って、信長の前に出た。
信長は、「そんなに積んだらいまに倒れるぞよ」と言った。
その言葉のとおり、蘭丸はころんで、みかんを座敷に散らかしてしまった。
信長は「それ見い、余の言った通りだ」と、笑った。
その後、朋輩が「あの時は御前でしくじって気の毒だったな」と言うと、
蘭丸は「気の毒がるには及ばないよ。わざところんだんだ」と言った。
大岡越前守が、新参の下男にみかんを十個持参せよと言いつけた。
下男が盆にみかんをのせて持ってきたところ、越前守は、「十個持参しろと言ったのに、九個ではないか」と言った。
下男が十個持ってきましたと言うと、越前守は、持ってくる途中で一個食したであろうと責め、下役二人に言いつけて、下男を庭の木にしばりつけて、したたかに打った。下男は、たまらず、涙を流しながら「くったくったくった」。そこへ、越前が出てきて、袂から、みかんを一つ取り出して、下役に向かって、「拷問はよせよ」と言った。
ある時、町の酒場で若い者が喧嘩をはじめて手が付けられないので、ご隠居に仲裁を頼んだ。ご隠居がそこへ行ってみると、若者がわめき、荒れ狂っている。
ご隠居は男の手をつかみ、「馬鹿野郎、早く退散しろ」と怒鳴りつけた。
すると男はその威勢におそれたのか、急に猫の子のようになって、平伏した。
見ている者は、さすがご隠居だと、ことごとく感服した。
後になって聞くところによると、ご隠居は喧嘩を知らせに来たものにわけをきくと、僅かの金の貸し借りからはじまったことだという。そこで、金を持って行って、荒れ狂う男の手をつかむ時、そっとその手に金を握らせたので、男はすぐに屈服したのだという。
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